編集担当・マッキーによる連載です。本や雑誌をつくる「編集」の視点を、日々の暮らしに落とし込む試みをお届けしていきます。vol.9では、ですます調をやめてみました。



こんにちは。Phytreatwebのマッキーです。

長期停滞していたこちらの「編集視点の暮らし考」連載。なんでって連載スタート時は、私の仕事である編集の仕事を暮らしに生かすヒントをお届けできたらと始めたのですが、

「そもそも私、自分の暮らしどころか生き方も編集したことがほぼないぞ」

と行き当たり、なんならみなさんのほうがちゃんとされていそうでお届けできることはあるのだろうかと首を傾げておりました。

そんなわけでちょびっとリニューアル。「編集視点の暮らし実験室」として、今までなりゆき任せだった自分と日々を編集実験していく様をお届けする場所にしてみようと思います。

自分を編集するといっても、40数年生きてきて今さら全部の糸を解いて編み直すわけにはいけません。なんとなく好き、嫌い、こっちのほうが気持ちいい、みたいな感覚だけで歩いてきても、確実に何かは編まれてしまっているもの。

もし生きる場所、働く場所を変えてゼロベースで出発を図ったとしても、良い意味でも悪い意味でもどうしたって今までの経験、習慣、価値観が土台になる。たぶん私たちが今からするのは、今まで編んできたものを前提にどうアレンジしていくかになるのでしょう。

編み続けて長さを伸ばしていくのか、ぐるっと360度編み足して大きくしていくのか、違うものを編んで組み合わせるのか、編み終えた部分に違う糸を重ねるのも楽しいかもしれない。

そう考えていたときに思い出したのが、先日開催した「かぎ針編みフィトリートちゃん×ハーブサシェ」のイベントでの黒住さん @なおさん が話していたこと。

「間違えたときに戻って編み直す人と、そのまま編み進んでまずは完成を目指す人がいますよね」

その日は先生がいて時間もあり、かぎ針編みがほぼ初体験だったから、戻って編み直す選択をしたけれど、基本的に私は間違えた部分も無理やり”アリ”としたい人。若いときにつくったいびつな手作りのバッグを、母から恥ずかしいからやめなさいと言われても持ち歩いていたのを思い出す。私としてはそのいびつさも含めて、いや、いびつだからこそ可愛いバッグだった。

編み飛ばした穴も、穴による形の歪みも、戻って直さなくてもOKにするには少しばかり力技の編集が必要となってきます。あとで編集するから好きなだけ話していいよ、思いっきりやっちゃって、みたいな普段相手方にお伝えしている甘さと寛大さを自分にも存分に発揮しながら(いや、こっちはしているか)、それによって生まれるいびつさを愛でたくなる形に整えていけたらと思います。

人生における穴は失敗や喪失……きっと嬉しくない愛おしむのも難しいものばかりだと思う。だけど前述のように過去に戻ってなかったことにするわけにはいかないからこそ、それも含めて愛でられるように、胸を張っていられるように。

だって穴ぼこや逆に飛び出してまったもの、その凸凹にこそその人がその人たる所以があると思うから。


今日は6月最終日。さっそく7月の、もしくは今年後半の編集テーマを考えなければ。みなさんは何か決まっているテーマ、やるべき目標などありますか?


福田真木子(ふくだ・まきこ)
Phytreatweb編集担当。フリーランスの編集者・ライター。美容専門出版社を経て、独立。美容、健康、暮らしジャンルを中心に活動中。ガロンカオリの著書『ハーブではじめる植物療法の手引き』の企画・編集を担当。