フランスで暮らすイラストレーター兼作家で、コミュニティメンバーでもある龍山千里さん @ttymcst によるエッセイ。完全には分かり合いきれない文化が違う人々との暮らし。それを「フィールドワーク」と捉え、観察する日々を綴っていただきます。


みなさま、こんにちは!

 

突然ですが、まずは先日の話をしようかなと。。

 

週末にパン屋さんでコーヒーを飲んでいたら、アクセントの強いフランス語を話すハイキング姿のおばさまが隣に座ってきました。

 

「小さいクロワッサンとコーヒー。これがいいのよねえ~!」と自然と会話に取り込まれる。「私のフランス語? ポルトガル訛りよ! よく言われるけどスペイン訛りじゃないの。フランスに何十年も住んでるけど、このアクセントはなくならないのよ!」

 

誰もその点を突っ込んでいないが、ひとりでにマダムは話し出す。とにかくあふれ出るエネルギーがすごい。でもどこか人を惹きつける魅力のある人で、そのあとも彼女のほぼ一人話を私たち夫婦は聞き入ってしまった。

 

彼女は毎週末の朝、近所の森へ2時間ハイキングに行くらしい。午後は脚が不自由な娘の世話をしに通う。これが大変だと話しながら、その日は偶然にもその娘さんの誕生日らしく、あれもしなきゃ、これもしなきゃと思い出しながら語る。



旦那さんはいない。事故で亡くなったそうだ。「存命中はよくその夫に叩かれていたわ」という突然の衝撃発言に、言葉を聞き取り間違えたかなと思ったけど、あとで確認したら合っていた。

 

壮絶な彼女の人生の要約が2~3分で行われたのだけど、これらをとても明るい口調で軽やかに話してくれるのだ。

こちらも「あららら……!」と落語でも聞いているかのような調子でことばの節々で相槌を打って、あっという間にコーヒーを飲み終えた。

 

「ま、お互いがんばりましょ!ボンジョルネ!(良い一日を!)」

 

すたすたと去っていった彼女に分けてもらった明るさで、その朝はとてもすがすがしい気分だった。

 

なんだったのかしら。自分語りを聞いているだけなのに、最終的に聞き手が癒されるというのが不思議な体験……。生きるしんどさを他者に共有しながらも不幸自慢ではなくて、全部これが自分の人生だと責任をとっている感じに救われた。

 

強いアクセントのフランス語を自分の個性として昇華させていた姿も素敵だと感じた。つい現地の言葉を流暢に話せない自分に引け目を感じるときがあるのだけど、ああ、よいのだ!と。外国人としての自分を肯定する一つのエッセンスになってくれたと思う。

 

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前回のエッセイではフィールドワークという営みについて、皆さんが興味を持ってくださって嬉しかったです。

 

フィールドワークといいつつ、自分はフランスという国に(もちろんですが)「調査」ではなく、生活をするために住んでいる。

だけど、日々の中でこの国に「潜入」しながら生活すると「おや……」「なぬ……!」と思うことほど「貴重なデータを採集できたな」という切り口で向き合えるので、やはりなかなか興味深いコンセプトだなともあらためて思う節がありました。

 

(正直、私は人への関心が薄めという自負があるのですが「これもフィールドワークだ!」と思うと、質問が湧き上がってくるときがあります。国に関わらず。これ不思議。そして面白い会話へとつながることもある。)

 

だからここでは、ぼんやりと日々、私が細々と採集する物事を、今回の冒頭のエピソードのように「フィールドノート」(フィールドワーク中に採集する出来事を記録するノート。物事の描写と共に調査者の感情などもなるべく生に近い形でひとまず書き記しておく雑記)としてシェアしていけたらな……と思っています。



その文章の集積が、いつか「私のとらえる異国としてのフランス」「他者への理解」というフィールドワークの縁取りになるのかな~と思ったり、思わなかったりしました。

 

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ずいぶんカジュアルに2本目を書き終えましたが、多分この調子で3本目も続きます笑

 

一方で、フィールドワークについて、自分もおさらいしながらこのエッセイを書いていきたいと思い、日本からフランスへ持ってきた書籍を漁ってこの本を読み返し始めました。



 

「あたりまえ」を疑う社会学    質的調査のセンス(好井裕明 著, 光文社新書)
https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334033439 

 



専門的なフィールドワークの技術ではなく「数字データでは語れないさまざまな現実を、いかに取り出すか」という質的調査における姿勢やあり方、センスについて筆者が記した一冊です。

 

本自体はもちろん、引き合いに出される参考図書も気になる本がたくさんです。読みやすい語り口だと思うので、気になる方はぜひ読んでみてください。 

(2023/11/22公開)


龍山千里 | Chisato Tatsuyama
1991年神奈川出身、フランス在住。テキスタイル業界で働いた後に渡仏。パリで半会社員生活の傍ら、コラージュ制作やデザイン、記事執筆。
instagram @chisato_tatsuyama



【編集部より】

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