編集担当・マッキーによる連載です。本や雑誌をつくる「編集」の視点を、日々の暮らしに落とし込む試みをお届けしていきます。
何度か書いていますが学生の頃はよく小説を読んでいました。
かつて父が文学青年かぶれだったようで、家の本棚には父好みの小説が並んでいました。良い感じに更新をしてくれていたこともあり、私の読書歴はそれを追いかけるように始まり、今でも好みの面ではその域からあまり出ていないように思います。
このコミュニティ内にも本を好む方が多くいらっしゃいますよね。そんな、みなさんへ。同じ作者の方の小説だったらどの時期のものが好きっていう好み、ありますか?
私は多くの作者において、初期の作品が好みです。
素人の私が言うのはおこがましいですが、何が言いたいかまだ定まりきらない、あれもこれも書き表したい欲さえ表に出ているかのような混沌がたまらなく愛おしい。熟練していくと良くも悪くもテーマがシンプルに伝わる書き方に向かっていく方が多いように感じて、少しだけおもしろくないのです。
そんな風に1人の作者の方を追って小説を読んでいくと、どんなに作品を書き重ねても根底を流れているテーマはおおよそ変わっていない方が多いことに気づきました。
少し小説を読むのに飽きてきた大学生の終わり頃だったでしょうか。それに気づいたときに、こう思ったことを覚えています。
“テーマって、どんなに才能がある人でもたくさんは持てないんじゃないか。いや、あれもこれも達成なんてしなくても、1つ大きなテーマを持ってさえいればいいということかも”
もちろん初めからテーマが決まっている人もいれば、書いているうちに見えてくる人もいるのだと思います。本人は意識をせずに書き続け、後世もしくは冊数を重ねていくうちに誰かに「この人のテーマは〜」と論じられる人もいるでしょう。勝手に決めないでほしいと思っているかもしれないですけどね。
さて、小説は書かない私たちですが(書く人もいるかな?)、私たちは自分の人生や暮らしを編むという意味で「作家」です。
そう捉えると、テーマという面でも、若い頃は混沌としていてもだんだんとシンプルになっていくという面でも、小説家の人たちと近しいものがありそうではないですか?
初めから生き方にテーマがあります! という人もいらっしゃると思います。
人生と職業がニアイコールになりやすい専門職の方などは多いかもしれない。私もそうと言えばそうですし、通しで抱いているテーマは初期の頃から大きくは変わっていません(でも未だ完全な言語化に至っておらず、ずっと試行錯誤中だったりします)。
テーマがあっても、特に決まっていなくても
あれもこれも試したり、
いろんな道を行って戻ってを繰り返したり、
興味があること、必要だと感じたことを手当あり次第学んでみたり、
時には分かれ道で立ち止まる時期があったり、
というのは、きっとみなさん同じように経験されてきたのではないかと思います。
そして、おそらくこのコミュニティに集まってきた方々は、そんな時期を経て今まさにご自身のテーマが集約されつつある時なのではないでしょうか。
私たちの生き方や暮らしは、基本的には誰かに見せるためのものでも、伝えるためのものでもありません。だからテーマを持つことが必ずしも必要ではないと思います。
でも見つけてみると、今までの経験を”自分”という一つの作品に集約していきやすくなるように思います。自分の人生や暮らしの糸の色合わせがよりいい感じに、自分好みにしやすくなるかもしれません。
コミュニティでは毎月「今月のウェルビーイングテーマ」をみなさんにトライしていただいています。
今月は、コミュニティ発足から1年間、毎月取り組んでいただいて少しお疲れかなというのと、来月の2024年の集大成に向けてさらりとお休みさせてもらいましたが、これこそご自身のテーマを見つけるメモ帳なのかなと感じています。
同じようなことをこの間も書いたなと思ったら、その糸と糸を結び合わせてみてください。糸の色がより一層くっきりと見えてくると思います。毎回違うことを書いているなという人は、それを地図のように俯瞰で見てみると自分だけの柄が浮き上がってくるかもしれません。
書き続ければ書き続けるほど、
動き続ければ動き続けるほど
一つのテーマへと集約していく。
その時期はきっと人それぞれ。
自分のことだからこそ、自分好みってけっこう、かなり難しい。集約していく先を見つけることが、自分好みの暮らしを編むヒントになりそうにも思います。
私も仕事じゃないほうのテーマも、そろそろしっかり持ちたいな、と思っています。
福田真木子(ふくだ・まきこ)
Phytreatweb編集担当。フリーランスの編集者・ライター。美容専門出版社を経て、独立。美容、健康、暮らしジャンルを中心に活動中。ガロンカオリの著書『ハーブではじめる植物療法の手引き』の企画・編集を担当。