連載開始と同時に一人用のボートで海へと漕ぎ出したパリ在住の龍山千里さん @チサト 。エッセイ「ボートを漕ぐ道すがら」では、ボートの内と外を巡らせて浮かび上がるその時々の心象風景を綴っていただきます。毎月、創作してくださるエッセイの挿絵もお楽しみに!
「知らない単語について、あえて意味を調べずに想像してみよう」
今通う社会人向けのフランス語の授業で先日こんな回があり、これがとても面白かった。
Sidonie-Gabrielle Colette シドニー=ガブリエル・コレットという作家の随筆が題材として取り上げられた。
文章のなかで、作家は8歳ごろに出会った単語「presbytère(プレスビター)」という音の新しさに驚き、その意味を想像し「これはきっと人を罵る言葉だ」と思い込んで使ってみたり「いや、カタツムリの学術名かも?!」とあらたに勝手に定義したり、真の意味を知るまでのその単語と沢山たわむれて遊んでいた。(ちなみにpresbytèreは「聖職者や牧師の家」を指すらしい。)
この「わからないまま、一人で言葉の定義の仮定を繰り返す時間」は純粋で、自由で、うつくしいな!と、心が動いた。
「これに似た体験をしたことがありますか?」
知らない言葉を知っては、意味づけをすることの繰り返しで私たちはみんな言語を体得していく。そのはずなのだが、そうあらためて問われると、母国語である日本語ではどうだったかと想像してもなかなか小さい頃を思い出せなかった。
そのかわり、フランス語ではほぼ今も毎日ある。
生活で知らない言葉に出会うことや、なんとなく会話の文脈から意味を割り出す作業は日常的だ。だからこの作家のエピソードも、言葉が拙い幼少期特有のものではなく、大人になった我々にとっても生活のリアルに近いものだった。
たとえば先日、わりと真剣な相談を弁護士さんにしていたときに、彼は「これはただのhypothèses(イポテーズ)なんですが」と口にした。「仮定」を意味する単語なのだけど、私は「イポ」という音につられて「hippopotame(イポポタム、動物のカバの意)」しか頭に浮かばなかった。
突然目の前でスマホを出してググるわけにもいかないし、相手の話の腰を折ってもいけないので意味がすぐわからない。結局、その相談が終わるまで、カバがアフリカかどこかの鬱蒼とした緑のなか、湿った肌で池のなかに穏やかに佇む様子がずっと頭から離れなかった。
絶対違うのに、自分の解釈に和む。その後、意味を調べて無事に納得したとともに「なんだ……」と正確な意味に夢がないのを若干落胆したのを覚えている。
こういう、意味のない想像の時間はゆたかだなと思った。
その日の授業は、マイナーなフランス語の単語から連想して、きっとこういう意味だろう!と各々が勝手に決めつける作業をなんと3時間も行った。大人になってからこんなに「わからない」状態を長時間わざわざ維持することはめったにないから新鮮だ。
クラスの8人の生徒は私と同年代くらいが多いのだが、そのなかに2人、70代後半くらいの男性と女性がいる。
2人ともなぜか偶然、知らない単語を扱うことをさいごまで避け、あくまで知っている単語をわざわざ選び、その意味を拡張させていた。自由な雰囲気のクラスなので、それがよいとかわるいもなく、私もただその選択と行為が興味深かった。ある意味「想像力をもとに、知らないことをでっちあげる(しかも丹念に、でも根拠なく)」という作業は、一つの勇気だったりするのかもしれず、知らないままでいる状態というのは人生の経験が豊かな彼らにとっては耐えるのがむずかしかったのかもしれない、と思った。
さいごにまったくの余談ですが、耐えるのがむずかしかった最近の出来事で、日本一時帰国中に、沖縄の地域に伝わる「海水温熱」という民間療法を受けてみました。からだの冷えを解消できるかもと思い挑んだのだが……
2時間ただ「熱いい!!!!」と叫びつづけていた。
久しぶりに、というかおそらく初めて、命の危機を感じる熱さと対面した時間で、正直、なんでこの療法を受けようとしたのか、自分で意味がわからなかった。でもからだの細胞がフルで目覚めている感じがして、なぜかまた受けてみたいと今は思うほどに、終わったら視界爽快ですっきりでした……!
(結論、良かった、でも向き不向きあり。ちなみに、海水で蒸した熱々のタオルを身体にあてていく療法です。世界には色んな治癒の知恵がある……)
龍山千里 | Chisato Tatsuyama
1991年神奈川出身、2020年よりフランス在住。日本の織物産地でテキスタイルデザイン職を経て渡仏、2024年秋よりフリーランスとして活動を開始。コラージュの手法を用いてイラストレーションやデザインを制作する。
instagram @chisato_tatsuyama
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